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E-BIKEでシコイチ(四国一周 CHALLENGE 1,000km プロジェクト)に挑戦

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しばらく、E-BIKEを借りられる事になったので、自転車遍路に挑戦してみようと考えています 同じように自転車で四国を一周する【四国一周「CHALLENGE 1,000km プロジェクト」にも挑戦 四国一周サイクリング まだまだ寒い日が続き、連休もなく、コロナ禍で、あまり出歩くコトが難しいので、なかなか自転車遍路に出かけられないけど、いきなり泊まりがけのロングサイクリングに出るのも怖いので、日帰りで、遍路では空白の双海方面を走ってみる事にしました。 距離:105.6 km 高度:+ 706 m / -700 m 最高勾配:8.5% 平均勾配:0.2% 移動時間:5時間28分  自転車遍路とシコイチ(四国一周)にチャレンジするのに使用するのは、 ミヤタ クルーズ 松山を出発して、伊予市の方に向かいます。 伊予市を抜け双海の方に進み出すと、向かい風が強くなってきて、なかなかスピードが上がらない。 自転車って、風の影響が強く受けるのが、よーく分かりました。 道の駅【 ふたみ】が改修中のため、シコイチのスタンプは、近くの【双海食品センター】で押す事になります。 【双海食品センター】は、JR伊予上灘駅のすぐ横にあります。 出発して、26kmほど走った場所にあった休憩所で、一休み この海岸線は、【伊予灘・佐田岬せとかぜ海道】のサイクリングコースになっているので、各所に休憩所があるみたい その後、長浜を目指して進むものの、30kmを越えた辺りから、お尻が段々痛くなってきた 姿勢を変えて、お尻に掛かる荷重を変えながら、更に進んみましたが、大洲を越え、帰路にさしかかると、お尻だけじゃなく、腰や足も段々痛くなってきました。 なんとか、100km超えで家まで辿り着きましたが、何か対策しないと、とても自転車遍路に出られないって事が分かりました

四国八十八ヶ所霊場 巡礼

四国八十八ヶ所霊場 巡礼のための準備物や参拝方法について、まとめてみました。 巡礼の種類 遍路が札所を巡礼することを「打つ」と言います。 これは、昔、木製や金属製の札を大師堂や本堂の柱や長押に打ちつけた納札の慣習に由来しています。 「順打ち」と「逆打ち」 1番から88番へと番号の順番に巡礼することを「順打ち」と言い、88番から1番へ巡礼するのを「逆打ち」と言います。 一般的に遍路は「順打ち」で行われていて、道標や案内図は、だいたい順打ちを前提に表示されているため「逆打ち」は多くの苦労や困難を伴う事から、「逆打ち」1回は「順打ち」3回相当のご利益、功徳があると言われています。 また、衛門三郎(四国遍路の開祖)の伝説から「逆打ち」だと、どこかで弘法大師に会えると言われています。 「通し打ち」と「区切り打ち」 全区間を1度に打ち上げるのを「通し打ち」、適当区間に区切って打つのを「区切り打ち」と言います。 「区切り打ち」は、公共機関等を利用して、打ち始めの札所まで行き、大師堂で打ち始めの報告とご加護の祈願をしてから行に入ります。 遍路行を終えるときは、札所の大師堂で打ち止めの報告と感謝を込めたお経をあげてから行を解きます。 次に打ち始めるときは、この打ち止めした札所から始めるというやり方です。 「完全歩行」と「公共機関併用歩行」 歩き遍路では、遍路道の全区間を徒歩貫徹の意思で巡礼する人が多数。 ただ、体力を考慮して長距離歩行を要するところは、列車、バス等の公共機関を利用するのも一つの方法。公共機関を利用することで、その土地の生活に接し、地元の人々とも触れあえる機会も多くなります。  歩き遍路 1番 霊山寺 → 6番 安楽寺 お礼詣り 打ち始めの場所について決まりはなく、最寄りの札所から始めても良いが、決意も新たに1番札所 霊山寺から打ち始める人のほうが多い。 1番札所 霊山寺から打ち始めると、88番札所 大窪寺で結願となります。 従来から遍路の間では「お礼詣り」という習わしがあり、「お礼詣り」は、本来、打ち始めの札所へするのが建前ですが、行程の都合で最寄りの札所で「お礼詣り」して帰る方法もとられています。 高野山詣り 一般的に、遍路は四国巡礼に先立ち、あるいは満願後に高野山奥之院に参詣しています。 参詣時期に決まりはありませんが、関西以東から四国に来た人

新四国曼荼羅霊場 記念数珠

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2019年1月から始めた新四国曼荼羅霊場 巡礼 約1年9ヶ月で満願しました ラリー帳は、伊予13佛にもなっている香積寺で入手 ラリー帳には、20周年記念行事と書かれてました 既に30周年記念事業の徒歩練行が始まってましたが、結果的には問題なしでした 各霊場で100円で札番印を押してもらいます 全ての札番印が揃ったので、ラリー帳と200円分の切手を入れて、3番札所 不動院に郵送 (30周年のラリー帳は、360円切手、送付先は願勝寺との情報もありましたが、ラリー帳に記載のある内容に従います) 1週間後、68番 願勝寺から、記念数珠が届きました ラリー帳には、満願の日付と御朱印か押されて同封されてました

45番 奥の院 逼割(せりわり)行場

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逼割(せりわり)行場 四国八十八ヶ所霊場 45番 奥の院  本尊:白山妙理大菩薩 45番 岩屋寺の納経所で、『奥の院』へとお願いして300円を払い、納め札と逼割行場の入口の鍵を受け取ります。 三十六童子と番外札20枚の計56枚で、順番に納めながら上って行くと逼割行場の門に到着します。 大師堂の奥にある仁王門横の案内看板 仁王門を抜けると、早速、右側に1番が見える(赤い札が納められている所) 札と座台の名前が一致していることを確かめて札を納める ココは、一度、左に進んで、戻ってくる 左に曲がると奥に童子が見える 次は、不動明王の札だが、正面に見えるのは不動明王では無かった 左の曲がって、一番奥にあるのが不動明王 56枚の札を納めて、逼割行場の入口横の大きな不動明王に到着 逼割行場 逼割行場の入口 目指す場所は、この岩の頂上 逼割行場の注意事項 入口の南京錠を解錠して中へ進む 門を開けると、正面に岩の裂け目が現れる この割れ目を登る 初めは傾斜が少し緩やかだが、手で岩を掴みながら出ないと登れない 後半は鎖を使い登る ちなみに、下りは、この鎖が無い場所が一番苦労した 岩の割れ目を登り切り、裏側の平坦な道を進む 平坦な通路の先にあったのは、石鎚山並の鎖場 しかも2本の鎖が、妙に絡まって、使いづらい 鎖場の次は急傾斜の梯子 幅も広く登りやすいが、所々、腐っているところを補強しているので、強度を確かめながら登る 頂上に「白山大権現」の祠 白山大権現 反対側の頂上には、お大師様の祠 納経所に戻り、頂いた奥之院の御朱印

34番 奥の院 本尾山

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本尾山 四国八十八ヶ所霊場 34番 奥の院 山の斜面に作られた簡素な堂に薬師如来(薬師瑠璃光如来)が祀られている。 以前は大師が一晩で刻んだとされる薬師瑠璃光如来像が安置されていたと伝わるが、戦後の混乱期に盗難に逢い、現在は薬師瑠璃光如来を模した石仏が安置されている。 納経は種間寺で行なっている。ただ、以前は御影の授与があったが現在は無い。 川沿いの巨岩と黄色い看板が目印 駐車場は無いので、少し手前の少し道幅が広い場所に路上駐車 入口 階段を登ると槇の木が3本 奥の院の石碑 巨岩の前に小屋 奥の院は、この中 初めは、扉を開けても良いのか少し躊躇 扉を開けて左側に照明のスイッチがあったが、スイッチを入れても点かなかった 扉の正面に「弘法大師のもたれ岩」 弘法大師のもたれ岩 祠 御朱印は、種間寺で頂ける

36番 奥の院 波切不動

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波切不動 四国八十八ヶ所霊場 36番 奥の院   弘法大師は延暦23年唐に渡り、長安の青龍寺で恵果和尚より真言密教の奥義を授けられ、真言八祖となられた。 帰国にあたり恩師報恩の為、一宇を建立したし、最勝地に留まれ。と独鈷杵を日本に向かって投げられた。 後に当地の古松にかかっている独鈷杵を感得され、ここに一宇を建立、寺号を『独鈷山青龍寺』として、不動明王の石像を安置された。 奥之院の場所は、青龍寺を通り過ぎ、横浪黒潮ラインの途中で、国民宿舎『土佐』の方に入って行くと事前に確認していたが、国民宿舎『土佐』(2017年閉店)が、リゾートホテル ヴィラ・サントリーニに変わっていて、入口を一度通り過ぎてしまった 引き返して、入口から少し進んだところに、奥の院の駐車場と入口があった 奥の院 入口 少し進むと奥の院に到着 境内は、土足禁止との事 側にサンダルがあったので、履き替えて進む 下駄箱の横の札の文字が消えていたので分からなかったが、素足で参拝するのが正しい事は、後日、分かった どうもこの札には「鳥居より先、素足にてお入り下さいませ。雨天時は、お履物、履き替えお願い致します」と書かれていたようだ 奥の院:独鈷山不動堂 不動堂の両脇に、天狗?河童?修験者?