四国別格二十霊場 4番札所 鯖大師本坊[さばだいしほんぼう]

八坂山 八坂寺

四国別格二十霊場 4番
阿波七福神霊場 布袋尊札所

本尊:弘法大師
ご詠歌:かげだにも我名を知れよ一つ松 古今来世をすくひ導く

←3番 慈眼寺

八坂寺(やさかでら)は徳島県海部郡海陽町に所在する高野山真言宗の寺院。山号は八坂山。本尊は弘法大師。通称は鯖大師本坊または鯖大師。

弘法大師伝説

鯖大師と呼ばれる由縁は、この地を訪れた空海(弘法大師)の伝説による。

伝説に拠れば、平安時代初期の弘仁年間(810年 - 823年)に空海が八坂八浜を訪れた際に、行基手植えの松の下で野宿し行基の夢を見た。そこを塩鯖を馬に背負わせた馬子が通りがかった。空海が塩鯖を所望したところ、馬子は口汚くののしり断った。坂にさしかかったところで馬が急に苦しみ動かなくなった。慌てた馬子は先ほどの僧は巡錫中の空海に違いないと思い、空海に鯖を差し出し馬を治して欲しいと懇願した。空海が加持水を馬に与えたところ、馬はたちまち元気になった。また、空海が法生島(ほけじま)で先ほどの塩鯖に加持祈祷を行い、海に放ったところ塩鯖は生き返り泳いで行った。これに感服した馬子は空海の弟子となり、この地に小堂を建て行基の像を祀り「行基庵」と名付けた。また「鯖瀬庵」とも呼ばれた。空海が加持祈祷を行った海岸は鯖瀬(さばせ)と呼ばれている。

行基伝説 
行基にまつわる鯖伝説も残されている。これは、江戸時代前期の貞享4年(1687年)に真念という僧によって書かれた四国遍路最古のガイドブックである『四国遍路道指南』(しこくへんろみちしるべ)に記載されている伝説である。

これに拠れば、行基が四国を巡錫している時にこの地を訪れた際、鯖を馬に背負わせた馬追が通りがかった。行基が鯖を所望したところ、馬追はこれを断った。行基はこれに対し「大坂や八坂坂中鯖ひとつ 行基にくれで馬の腹や(病)む」と歌を詠んだ。すると、馬は急に腹痛で動かなくなった。困った馬追は行基に鯖を差し出した。行基は今度は「大坂や八坂坂中鯖ひとつ 行基にくれて馬の腹や(止)む」と、「くれで」を「くれて」と1文字変えて詠むだけで、馬の苦しみは治まった。

この行基の話は、江戸時代初期の寛永18年(1638年)賢明によって書かれた四国巡拝の記録誌『空性法親王四国霊場御巡行記』にも記載が見られる。また、江戸時代後期の寛政12年(1800年)に作製された四国巡礼ガイドブック『四国遍礼名所図会』にも記載がある。

【2016年 逆打ち 車遍路】

久々の別格。

八坂寺が本当の名前。

国道から曲がるところを、思わず、通り過ぎで、Uターンしました。

本堂

御朱印

【2018年1月15日 歩き遍路にて】

歩き遍路で福良トンネルの入口で、遍路道を通ると、鯖大師には、裏から境内に入る。

境内の入口の門

入ると、多宝塔の横に出る

般若心経塔(多宝塔):本尊は聖観音立像

鯖大師本坊の境内

手水舎

本堂

護摩堂

稲荷神社

境内から国道55号線の方に行くと馬頭観音堂


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